
アルド・チッコリーニ氏より皆様へ
Le public japonais est l'un des plus connaisseurs et attentifs du monde. C'est une grande joie pour moi le partager a nouveau avec lui ces moments de musique dans les salles ou le ferveur est toujours aussi intense.
Aldo Ciccolilni
日本の聴衆の皆様は、世界的にもとても優れた、思慮深い審美眼をお持ちです。皆様との再会は私にとってこの上ないよろこびであり、変わることのない情熱に満ちたホールで、ふたたび音楽という時をともに過ごせることを、光栄に思います。
アルド・チッコリーニ
※直筆の原文は、公演当日に配布するプログラムに掲載いたします。
ジョバンニ・ミラバッシ氏より皆様へ
師チッコリーニのトリフォニーホール公演に寄せて

I had the privilege to meet Aldo Ciccolini some years ago, and my all life has been changed by this encounter. Allows me to tell a short story: At the end of my first lesson, Aldo gave me as an homework to practice a C Major scale (the very very beginning of the piano practicing) neither too fast nor too loud, up and down. I was already a professional player, so I didn't get immediately the reason of a so basic request. I got it when he shown me how I was supposed to play it. He just played a C Major scale, but it was son perfectly playied and so meaningfull that sounded like Behtoven under his hands. 18 years later, I'm still seeking for the sound I heard that day. Enjoy the concert of one of the keyboard's genius of the century.
Giovanni Mirabassi
And please say hello to my master,
G
何年も前、僕はアルド・チッコリーニに会うという栄誉を手にしたが、その出会いは、僕の全ての人生を変えてしまった。その時のエピソードをひとつ紹介させて欲しい―
初めてのレッスンの最後に、アルドは僕に宿題を課した。ピアノ練習の初歩の初歩というべき、ハ長調の音階練習だった。速すぎず、強すぎず、音階を上がり、音階を下がる。僕は既にプロとして活動していたので、すぐには彼がその基礎的な練習を要求する意味が分からなかった。
しかし、アルドが手本を弾いてみせてくれた時、理解した。
アルドはただハ長調の音階を弾いただけだった。しかし、それは全く完璧に演奏され、彼の手によってまるでベートーヴェンのように深い意味を内包した音楽に聴こえた。
あれから18年がたったけど、僕は今でも、あの日聴いたあの音を、探しているんだ。
今世紀の天才鍵盤奏者のひとりであるアルドのコンサートを、どうぞ楽しんで。
ジョバンニ・ミラバッシ
追伸:僕の師匠によろしく!
名演奏家、巨匠とよばれる才能には事欠かないピアノ界だが、時に完全なる音楽家とでも評したくなる名手に出会い、思わず襟を正す、そんな経験をすることがある。演奏が破格に魅力的なことは言うまでもないのだが、これまでの歩み、足跡がまた尋常ではなく、その存在が音楽史、演奏史そのものをもの語る、そんな稀有な存在が確かにあるからである。
チッコリーニはまさにそうした現代の奇跡、神話のような名ピアニストということになろう。1925年生まれの現役というのも素晴らしいし、祖父がカルーソーと共演を重ねてきた声楽家で、父とオペラハウス通いをしながら大きくなったという幼年時代も、背景の豊かさを物語っている。こうして成長してきたチッコリーニは、パリで名教師マルグリット・ロンの門下となるが、24才の時、何げなく受けたロン=ティボー国際コンクールで優勝、期せずして時の人になってしまったというのも、何か伝説じみている。しかも若き日にはフルトヴェングラーと共演するなど夢のような経験を重ねてきた巨匠中の巨匠なのである。
さらにこのチッコリーニは、膨大な数のレコーディングを行ってピアノ音楽のアンソロジーとでもいうべき実績を打ち立ててきた。それらが今なおかけがえのない名演と評価され、世代を超えた聴き手に愛好されている事実もチッコリーニの真価を物語っていよう。
文字通り、チッコリーニはピアノ界の巨人なのだが、自身は「誇るようなエピソードは私には何もありませんよ」と謙虚そのものだし、「私の人生はまったく普通そのものです」と驕ることなど皆無の、まず人間として素晴らしい名演奏家なのである。
年齢的に80代の半ばだが、チッコリーニの演奏家としての美学、信条が「現在の私が最高」との想いであり、確信であろう。まさに言うは易く行うは難しの名言だが、チッコリーニが今なおステージに立ち、演奏を聴かせるのは、現在の自
分こそが頂点にあり、そこを聴いてほしいとの願いと自信があるからなのである。
今回の「ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ」は、リサイタルと協奏曲の二日間で構成された密度濃いプログラムである。しかも取り上げる作品は、すべてチッコリーニ自らが演奏したいという名作だけが選ばれている。この二日間は、培われてきたピアニズムの結晶であることはもちろん、私たちが演奏家と作品との関係に想いを馳せ、さらに20世紀から21世紀へと受け継がれてきた名演の流れそのものを知る、かけがえのない経験の場になるものと確信されてならない。